Sweet-pea’s diaryー大人になった先天性心疾患のブログー

大人になった先天性心疾患を持つ私が、あの頃(16~20歳頃)見つけたかったブログを書いています。どなたかの参考になりますように。PC版カテゴリのはじめにからご覧ください♬

友達②/まりちゃん

私たち同室の4人は、毎晩消灯前になると、コップと歯ブラシを片手に長い廊下を歩いて、共同の洗面台へと向かいました。途中ナースステーションを横切る時に、「おやすみー」と、看護師さんが声をかけてくれます。小学校の水飲み場みたいな横に長い流し台で、4人で横並びになって歯を磨きます。夕食が終わって面会人(たいていは母)が帰った後の、消灯前の2−3時間の“この時間”は、小学生1名、中学生2名、高校生1名の私たち4人きりで過ごす、修学旅行の夜のような、そんな貴重な時間でした。4人はとても仲が良かったと思います。昨日紹介したのは、小学生のちっちですが、今日は、中学生のまりちゃんのお話をします。

まりちゃんは、私の隣のベッドに入院している、中学1年生の女の子で、私と同じ年齢でした。私とまりちゃん、どちらが先に入院してきたのかは覚えてないのですが、ほとんど同時期に入院したのだと思います。まりちゃんと初めて2人で話した時のことは、覚えていて、お互いに向かい合うようにして対面した時に、衣服から少しはみ出たまりちゃんの胸元にある傷痕に私は気づきました。それとほぼ同時に、まりちゃんも、私の胸元にある“それ”に気がつきました。まぶたの中の瞳が一瞬下に動いて視線が落ちるから、相手に胸元を見られるのは不思議とちゃんと気づくもので、私もまりちゃんも、お互いの胸の傷痕に気づき、そして、相手が自分の傷痕に気がついたことにも気づきました。お互いに顔を見つめ合い、自然にニコッと笑みが出て、「一緒だね!」と言い合いました。同年齢で、おそろいの傷痕を持っている、心臓の病気を持っている、という共通点が、短時間で私たちの仲を深めてくれたのかもしれません。

ちっちと、まりちゃんと、私は、3人でお風呂に入ったこともあります。病棟のお風呂は1人用でしたが、病棟を出て廊下を20mほど進んだところに、「大浴場」と書かれた旅館の家族風呂くらいの広さのお風呂があって、看護師さんに許可をとり3人で一緒にそのお風呂に入ったことがありました。きゃっきゃ、きゃっきゃ言いながら、楽しかったのを覚えています。この後、私は何度か手術をして、傷痕がふえて、人前で服を脱ぎたくなくなるので、女の子同士でお風呂に入ってはしゃいだこの思い出は、唯一で、貴重で、懐かしい、私の人生のアルバムの“とても楽しかった入浴”という思い出の1ページとなりました。

まりちゃんとは、ベッドとベッドをくっつけて、一緒に手をつないで、寝たこともあります。手をつないで寝たら、朝まで手をつないだままでいられるかな?なんて言いながら。

まりちゃんには、ユーモラスな遊び心、いたずら心もありました。私の手術の朝、この日は朝から点滴があって、それは担当医の先生(研修医の先生で子供達からしたら歳の離れたお兄さんのような先生)がしてくれるのですが、まりちゃんが、そのY先生を驚かしちゃおう!と私に提案してきたのです。まりちゃんは、私を隠そうと、「さがさないで下さい。」と書いたホワイトボードを私のベッドの枕元に置いて、自分のベッドに私を招いてカーテンを閉じました。しばらくして、廊下から点滴の棒をガラガラと引きずる音をたてながら、「○っちゃん、点滴するよ〜」とY先生が私達の病室に入ってきました。しかし、私はベッドにおらず「さがさないで下さい。」なんて置き手紙があります。きっと先生はびっくりして焦るだろうなと、ドキドキハラハラ、ニヤニヤしながら隠れていた私達をよそに、Y先生は一瞬で全てを見破り、「○っちゃん隠したでしょ〜!!!」と私達が隠れているまりちゃんのベッドのカーテンをシャッと開け、私を見つけました。私は割と真面目な性格だったので、はなから、まりちゃんの悪巧みだと見破っていたようでした。と、人のせいにしておきましょう・・。後日談ですが、Y先生はこの15年後、爽やかな水色を基調とした、大きな花束を持って、再び私の病室に来てくれました。そして、懐かしいね、と、この日の思い出を語り合いました。息子を出産した翌日のことでした。

Y先生との思い出に脱線してしまいましたが、私はこの日の手術が上手くいかず、手術室から戻ってくる頃には絶対安静になってしまったので、この朝の出来事がまりちゃんと一緒に思いきり笑い合った、最後の思い出となりました。良い思い出です。私は、その後しばらくして再手術をして、ICUに入るので、まりちゃんがいつ退院したのかは、知りません。まりちゃん、元気かな・・・。

友達 ① /ちっち

今日は、いつか書こう書こうと思っていた、小児科病棟で出会った4人のお友達との思い出を書いていきます。大切な思い出。入院生活の中でも、楽しい思い出。もう20年以上も前の話で、皆んなが今どこで何をしているのかも分からないのですが、今でも皆んなの名前と顔と、病棟で過ごした時間は、はっきりと覚えています。

 

中学1年生の夏のことでした。(と、小説風に初めてみる。)

私は大学病院の小児科に入院しました。私は、その前年、小学6年生の冬にも入院をしたので、物心ついてからの入院は2回目でした。今日は、そこで出会った同室の友人達との思い出を書いていきます。私が入院したのは、1度目も2度目も同じ病室で、それは、ナースステーションから1番離れた所ある、小児科の中でも、比較的年齢が高い子供達(小学高学年から高校生まで)が集められている大部屋でした。「○っちゃーーん!○っちゃんだ!」と、病棟に入ってすぐ、笑顔で話しかけてくれた女の子は、「ちっち」というあだ名の、私より2.3歳年下の小学生の女の子でした。ちっちは、長い事入院している女の子で、この小児科病棟の主みたいな存在でした。(本人は、主という感じは全く醸し出してなく、実際の年齢よりも少し幼く見える可愛らしい女の子でした。)小児科の病棟に入る時は、どんな子達がいるのだろう。と少しの緊張がありますが、ちっちが話しかけてくれたおかげで、病棟に入ってすぐに安心する事ができました。ちっちとの出会いは、前年冬の入院の時でした。入院した初日の、夕食と面会時間が終わり、母が帰った後、この時私は自分のベッド周りのカーテンをひいていましたが、隣のベッドから子供達が集まって何やら楽しそうにしている声が聞こえて来ました。私はしばらく迷いましたが、勇気を出して、カーテンを開けて覗いてみることにしました。そこには3-4人の子供と、1人のお姉さんが、楽しそうに千羽鶴を折っていました。すぐに、お姉さんが、私に気づき、「おいでおいで!一緒にやろう!」と手招きをしてくれました。それが、ちっちと初めて遊んだきっかけでした。入院して、初めて他のお友達と交流をもったきっかけでもありました。後から分かったのですが、このお姉さんは、大学病院の医学生で、時々こうして夕食後、面会の時間が終わり、子供だけになった消灯前の病室に来てくれて、おしゃべりをしながら一緒に遊んでくれました。この時、お姉さんとちっち達は千羽鶴を折っていて、牛乳パックで作られた、正方形のいくつかのケースに、完成した鶴を、色別に入れる作業をしながら、あれやこれやと会話を楽しんでいました。そこに新入りの私も入れてもらったというわけです。この千羽鶴は、皆が自分たちへ向けて折っていた千羽鶴で、それぞれがどんな病気を抱えているのかは、お互いに知らないし、詮索もしませんが、そんな友達たちと皆で作っていた千羽鶴です。完成させる事、誰かにあげる事が目的なのではなく、入院生活の中で、こうやって皆んなで集まって、仲良くおしゃべりをしながら折紙を折る。この時間が私たちにとって、入院生活の楽しい思い出となり、大切で素敵な時間だったように思います。世界一素敵な千羽鶴だったのかも。私は、この千羽鶴が完成する頃には退院していましたが、ちっちはその後も入院し続け、外泊などでお家に帰ることはあったようですが、翌年の夏も、再び入院する私を変わらぬ笑顔で迎え入れてくれたのでした。知っているお友達がいた事で私はどれだけほっとした事でしょう。ちっちはいつも、本人は意識していないようですが、入院してきた子供が、病棟の他の子供達の中に馴染むきっかけを与えてくれる女の子でした。そして、お友達が退院する時には、いつも笑顔で病棟の入り口まで見送ってくれました。きっと誰よりも、他の子供たちが元気に退院していく姿を見送ってきたのだと思うと、少し胸が痛くなりました。ちっちは、1度だけ泣いている姿を見た事がありますが、1度だけで、あとはいつも笑顔でした。

追悼

しばらく悲しいニュースの余韻を引きずっていた最近でした。好感を持っていた、活躍していた、身近な人の死は、自分の心の中にある、ありとあらゆる悲しい、辛い、そういう心の部分を一気に刺激して、暗い方へと引きずられていきます。そんな落ち着かない気持ちを抱えていた時、1冊の詩集を借りて読みました。詩集を読むと、心が静まって、落ち着いて、もやもやとしていた部分がキレイに浄化されるようでした。子育てでイライラした時なんかに少し読むのも良いかもしれません。心を落ち着ける手段をいくつか持っているって大切な事だと思います。

 

土曜日の夜、だったでしょうか。ダチョウ倶楽部のお二人がコメントを出しました。1番悲しい思いをしている2人だと思うのですが、この出来事を聞いて悲しんでいる苦しんでいる世の中の人達の心をスーッと楽にしてくれるような、皆の悲しい気持ちを救ってくれるような、そんなコメントでした。私もなんだか少し楽になりました。その後もいろいろな方がコメントを出していました。その中で、鶴瓶師匠が言っていた、

「すごく大事なことは、自分で自分の楽しい時間を作り、自分の時間が終わるまで一生懸命生きること。自分の楽しむ時間を作らないかん」

という言葉が印象的でした。いつか人は必ず死ぬから、死ぬまでは生きなければいけないですね。出来れば少しの楽しさをプラスして・・・。

ということで、楽しかった話をしてから、終わりにします。

 

5月14日(土)

映画「シン・ウルトラマン」を観に行きました。一緒に行った夫は、「2時間ずっと退屈だった」そうですが、私はずっと楽しかったです(笑)そもそも夫は、小さい頃から、戦隊モノとか、特撮モノとかに全く興味がなかったらしく、でも、きっと私に付き合ってあげようとついて来てくれたのだと思います。面白かったので、帰りに売店でパンフレットを購入しました。同時に販売していた、「デザインワークス」という、デザイン画とか、デッサンとか、CG画などが載った、アートワークブックがあって、これには脚本を書いた庵野秀明の手記も載っているそうですが、それは既に売り切れていました。公開2日目なのにもう売り切れです。メルカリで高く売っていました。

帰宅後、パンフレットを熟読しました。映画は5つのストーリーからなっていて、当時の「ウルトラマン」の5つの話をつなげて作ったそうです。翌日、息子と、当時の「ウルトラマン」をアマゾンプライムで見てみました。なるほど。これは、リアルタイムで「ウルトラマン」を観ていた人は、私なんかよりもより楽しく映画を観ていたのかなと思いました。そんな人たちが羨ましいです。私がパンフレットを読んだ感じでは、「ウルトラマン」の第1話、第3話(ネロンガ)、第9話(ガボラ)、第18話(ザラブ星人)、第33話(メフィラス星人)、第39話(ゼットンゾフィー)あたりを観ると、映画のストーリーの原作が概ね網羅できるのではないでしょうか。映像は昔っぽいのですが、今見てもすごく面白いし、息子も怪獣が好きなので夢中で見ていました。まだ全ては観ていないので、全部観れたら、もう1度映画を観に行こうと思います。

 

↓パンフレット

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ランドマークタワーウルトラマン(カラータイマーなし)

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ランドマークタワーウルトラマン(カラータイマーあり)

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↓歩いていたらたまたま見付けた、ピカチュウのマンホール

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おしまい。

GW / 花・美術館・読書・時折星野源

今年のGWは、なんだか陰鬱な気分でした。それなら家で引きこもっていても良かったのですが、どうせなら、キレイなものや美しいものを眺め、読書をして、心を清めようと思い、そういう3日間にしました。今回のブログは写真多めです・・・。

 

5月3日(火・憲法記念日

晴れ。今日は、電車とマイクロバスを乗り継いで、『横浜イングリッシュガーデン』に来ました。もう少しすると、バラが見頃になるという事で、時期的には少し早かったみたいですが、それでも色とりどりの花が咲いていました。お花を眺めながら散歩をしていると、どこからともなく、女性の声楽が聞こえて来ました。曲はアヴェ・マリアでしょうか。バイオリンの優しい音色も聞こえて来ます。周りを見渡すと、園内の広場で、結婚式が行われていました。花嫁さんがキレイでした。美しい音楽を聴きながら、散策をして、贅沢な時間となりました。薔薇のソフトクリームも食べました。薔薇の香りがして美味しかったです。

午後は、日出町駅の高架下にある、隠れ家的な、コーヒーショップで読書をします。ここのメニューは、コーヒーかミルクコーヒーの2種類のみ。1杯1杯注文が入ってから、豆を挽いてハンドドリップで丁寧にいれてくれます。BGMも一切ありません。静寂の中、時折頭上に聞こえる電車の音が、なんとも規則的で、読書の邪魔をせず、心地よい空間です。以前紹介した、「プロジェクト・ヘイル・メアリー下巻」を読みました。

↓園内のお花たち

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↓薔薇のソフトクリーム
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↓高架下のコーヒーショップ
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5月4日(水・みどりの日

晴れ。今日は、桜木町から少し歩いたところにある横浜市民ギャラリーという所で、『横浜美術協会会員の作品の展示会』を見て来ました。撮影はNGなので、写真はありません。名の知れた画家達の絵ではありませんが、油絵、水彩画、写真、彫刻、とそれぞれの作品に個性・主張があって、とても見応えがありました。

午後は、横浜駅にある喫茶店で、フレッシュなバナナジュースを飲みながら、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の最後の章を読みました。

 

5月5日(木・こどもの日)

晴れ。今日は車を出して、横須賀美術館で行われている『フランス・モダン・ポスター展』へ行きました。ここは、入り口から海が見渡せるロケーションで、お気に入りの美術館です。今回行われていたフランス・モダン・ポスター展とは、19世紀の終わり頃に花開いた近代ポスター文化がテーマとなっています。次第とパリの街を埋め尽くすようになった、商品の広告や、劇場の告知など、華やかなポスターが展示されていました。写真撮影可でした。

午後は、海を眺めながら読書をしました。太宰治の「人間失格」を読みました。陰鬱な気分の時に、美しい海を眺めながら、鬱屈とした小説を読む。そういうのも、まぁ、アリかな。

横須賀美術館

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↓フランス・モダン・ポスター展

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↓1892年 帽子の市

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1893年 華麗なるパイントマイム
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↓1895年 エーグル農場の無菌牛乳

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↓1922年 満月印パスタ

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↓1892年 歓楽の女王
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1893年 「パリーシカゴ」エッフェル塔劇場
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↓1894年 「カミーユ・ステファニー公演」カジノ・ド・パリ
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↓1922年 キナ入りワイン
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↓1895年 オリエンタル・クリーム(パウダーと石鹸)
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↓1923年 テニスシューズ
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↓1899年 クレマン自転車社製の自動車

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↓1952年 フランス航空 東京ーパリ間就航
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↓1933年 オランダ航空
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1924年 第8回パリ・オリンピック大会
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↓1895年 「第3回仮面舞踏会」オペラ劇場
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↓1889年 演劇「ジャンヌ・ダルク
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↓1930年 オペレッタ「マリッツァ伯爵夫人」
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↓1897年 ムーラン・ルージュ 夜会「流浪の芸術家」
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1893年 国際博覧会

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5月7日(土)

曇りのち雨。今日から土日は家でゆっくりと過ごす。時々こどもと遊びはするけれど、寝てばかりでした。今日から、星野源が出るNHK土曜ドラマ「17才の帝国」が始まったので、見てみました。舞台は近未来の202x年、超高齢化社会を迎えた日本の現状を打破するために、立ち上げられたAI、通称UA(ウーア)。ウーアが選出した総理大臣は17才の高校生、モデル地区となった地方都市を未来都市へと変貌させるべく若者たちが奮闘していく姿を描く、青春SFエンターテインメント。です。星野源官房長官役で、そんな若者達を見守っていく役です。

あるシーンで、星野源が、海の見えるキレイな建物の前で話す場面がありました。2日前に行った『横須賀美術館』でした。「星野源と同じ場所に立ってたなんて!」と、少し興奮してちょっと幸せになった週末でした。でもやはりまだ陰鬱。そのうち元気になるでしょう。「人間失格」を読み終えたので、夜は、「正義と微笑」を読みました。

 

おしまい。

アンラッキーとラッキー

「良いことがあれば、悪いこともある」という言葉があります。私の、最近あった悪い出来事は、仕事を増やしたいのだけれども、職場との調整が上手くいかなかった事。そして、今、大変なことは、息子が久しぶりに荒れていて、興奮しやすかったり、怒りやすかったり、泣きやすかったりしている事。1日に何度も崩れて、家の中で暴れるので、毎日が少し大変です。でも、悪いことの後に、ささやかな幸せを感じる出来事が多かった今週です。今日は、「悪いことがあったら、良いこともある」と感じた週末の“良い”出来事を書いていきます。

ニコちゃんマーク

金曜日の話。今日は、『#FlyforALL #大空を見上げよう 』という、企画が行われる日です。室屋義秀さんというパイロットの方が、世の中のみんなを元気にする為に、各所の大空にニコちゃんマークを描いていくそうです。お天気は、雲ひとつない快晴。絶好のニコちゃんマーク日和です。飛行ルートは「相模原⇨大和⇨平塚⇨藤沢⇨鎌倉⇨横浜⇨川崎⇨東京タワー⇨スカイツリー⇨表参道」の順番でした。私は、通院があったので「偶然見れたらいいな」くらいに思っていました。病院が終わって電車に乗り、ふと時計を見ると、ちょうど良い時間。川崎で途中下車をしてみました。空を見上げること10分。ヘリコプターの音が段々と近づいてきて・・・。

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美しい真っ青な空に、ニコちゃんマークが描かれました。思わず顔がほころびます。見れて良かった。

婦人科

土曜日の午前中の話。今日は、婦人科受診でした。半年前に子宮腺筋症というのが見つかり、月1で通院して治療をしてきました。「症状もおちついたし、薬も合っていそうなので、次回3ヶ月後で良いですよ。お薬90日分出しておきますね。」と先生。私は今、たくさんの病院や診療科をかけ持ちしていて少し大変だったので、3ヶ月に1回の通院になった事がとても嬉しかったです。軽い足取で、家に帰りました。

たんぽぽ

土曜日の午後の話。天気は快晴。息子の「気分転換&この数日心の奥底から溢れ出している“何か”の発散」を兼ねて、家族で公園に行きました。公園では、息子と向かい合って距離をとり、サッカーやキャッチボールを楽しみました。力いっぱいボールを蹴ったり投げたりしていて、楽しそうでした。私は3分くらい息子と本気で遊びましたが、すぐに力尽きたので、近くのベンチで夫と息子が遊んでいるのを見守っていました。ベンチの近くでは、3〜4歳と、5歳くらいの男の子2人がストライダーで遊んでいます。兄弟でしょうか。近くに保護者が見当たらないので、なんとなく、一緒に見守ります。お兄ちゃんらしき子がストライダーから降りて、地面に咲いていたたんぽぽを摘み取りました。すぐに弟も駆け寄ってきて、お兄ちゃんの横にしゃがみます。お兄ちゃんがたんぽぽの綿毛をふぅーっと飛ばすと、弟が「いいなぁ・・」「僕もやりたかった」と残念そうな表情でうつむいてしまいました。すると、ボール蹴りに夢中だった息子が、ボールを一旦地面に置き、自分の足元に咲いていた綿毛のたんぽぽを摘み取り、その子に歩み寄って「これ、あげる。」と、その弟にたんぽぽをあげました。その子は「ありがとう」と言って、たんぽぽを受け取り、綿毛を飛ばしていました。嬉しそうでした。

自分が遊びに夢中な中、よく気付けたなと思うし。優しいし。知らない子に自分から声をかけるのが苦手だった息子が、自分で行動して、話しかけに行ったのにもびっくりしました。息子の中にある優しい気持ちと、小さな可愛い兄弟の笑顔が見れて、ほっこりと気持ちが温まり、母は嬉しくなりました。

プロジェクト・ヘイル・メアリー

日曜日の話。天気は雨。朝8:30、まだウトウトとしていた時に玄関のチャイムが鳴りました。届いたのは紀伊國屋書店から届いた小説、『プロジェクト・ヘイル・メアリー上・下』。こんな朝イチに届くなんてびっくりして、一気に目が覚めます。この本の内容は全然知りませんでした。恋愛物なのか、青春物なのか、ファンタジーなのか、S Fなのか。開いて見るまで分からない。そんなワクワク感を抱えながら、喫茶店に行き、しばらく読書を楽しみました。この本は、ラジオで、「最近すごく面白い本を読んだ!」と星野源が紹介していた本です。星野源は、内容はいっさい知らずに読んだ方が良い、ネットとかで感想も見ない方が良い、本についている帯すらも他の誰かにとってもらって見ないようにした方が良い、と題名以外の一切の情報を知らずに、読むことをオススメしていました。今じゃ入手困難で、私も本屋を何軒も巡りましたが、どこも在庫切れでした。Amazonでも売り切れ。メルカリでも売り切れ。いったいどこで買えるのか。電子書籍なら買えるけど、出来れば本が欲しい。諦めかけていたその時に、スマホでひらいた紀伊國屋書店のホームページで『在庫あり』の文字を発見!早速注文をしました。そして、後から知ったのですが、この本はライアン・ゴズリングが主演で映画化の話が進んでいるそうです。私の2大好きな俳優が星野源ライアン・ゴズリングです。星野源がオススメして、ライアン・ゴズリングが主演なんて、私にとってはなんと幸せな偶然。最近の私はなんだか少しついています。

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と、言うことで、最近は大きなアンラッキーが2つありましたが、小さなラッキーが4つありました。息子が癇癪を起こし易い時期は、息子も私も両方大変ですが、息子がこっちにもどって来たら、一緒に笑って、「悪いことがあったら良いこともあるよ」と、毎日を過ごしていきたいと思います。

 

おまけ

↓息子の現在の心の中。

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イライラやトゲトゲがいっぱいありそうです・・(笑)

 

おしまい。

坂道

今日は午後から坂道を登ります。息子の小学校は丘の上にあり、最後の数分は急な坂道を登らなければなりません。その坂道は、それほど長い距離ではないのですが、後半に差しかかると心臓の鼓動がドキドキと早くなり、息が切れます。「もう休憩しないと無理かな」と思う頃に、ちょうど校舎が見えてくるので、なんとか途中で立ち止まらずに最後まで登り切れます。授業参観や懇談会と言った学校行事では、「学校に着くまでに他の保護者の方に会いませんように。」と心の中で祈ります。他のお母さん方は、2人組、3人組、と言ったように、仲の良いお母さん同士でおしゃべりをしながら坂道を歩いていますが、私の心肺機能では、会話をしながら登りきる事は少しキツいのです。

 

小学生の頃の高尾山遠足(山登り)は、親の判断で欠席しました。私が子供の頃に住んでいた所は坂が多い地域でした。中学生の頃は、心臓の手術直後だったので、毎日母に学校まで車で送迎をしてもらっていました。まだ無理が出来ない心臓でした。お年頃だったので、他の同級生に「車で送ってもらっている」事がバレたくなくて、なるべく人通りが少ない道を通ってもらい、こっそりと車に乗り降りしていました。それでも、気づく人には気づかれてしまい、からかわれた事もありました。そのからかった人も、色々経験して今頃優しい大人に成長している事でしょう。そう願いたいです。高校生になると、少し体力がついてきて、坂道も自分のペースで歩けるようになりました。心臓のドキドキや息切れもしますが、大分慣れてきたように思います。大人になって新婚旅行でハワイに行った時、ハワイのシンボルであるダイアモンドヘッドには登りませんでした。高尾山遠足を欠席した事が今更ながら頭によぎり、無理をして登ることもないかなと思い止めました。けれど、後から知ったのですが、ダイアモンドヘッドは30〜40分くらいで登り切れて、子供から年配の方まで安心して登れる山らしいです。やっぱり登ってそこから見える絶景を眺めておけば良かったなと今は思います。夫と一緒なら、遠慮なく途中で立ち止まって休憩もできたでしょうし・・・。

 

今でも坂道や長い階段は苦手です。が、自分が “理学療法士として居る時間” は、全く苦になりません。私は訪問リハビリを行っているので、患者さんや利用者さんと屋外歩行の練習を行う事もあります。坂道や階段の練習も行います。ある時、脳梗塞後不全麻痺の若い患者さんがいて、その方が自分で掲げたリハビリの目標が、その地域にある名物「100段階段」を登り切る事でした。その方の練習に寄り添う私は、いつも通り心臓のドキドキも息切れもしますが、心臓の鼓動音も、息切れも隠して、笑顔でその方に声かけをして応援しながら、最後まで100段を登りきることが出来ました。リハビリの時間は運動の専門家である “理学療法士” で居れるのだと思います。「こんな私が理学療法士をやっている」という事が、病気や障害、加齢によって、自分の思い通りに、自由に体が動かせない人の気持ちに、寄り添う事なのかもしれません。

 

今日は『坂道』をテーマに書いてみました。

 

最後に・・・、坂道には全く関係がありませんが、最近一番くじでゲットした、スパイファミリーのアーニャの人形を載せて終わりにしたいと思います↓

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おしまい。

ありふれた日常

入院してから、ちょうど1年が経ちました。去年の今頃は、3食、タンパク質制限がある腎臓病食を食べていました。肉や魚などは、毎食だいたい1口分くらい。それを補うのは、大盛りの白米と、甘ったるい高カロリー補助食のゼリーなどでした。

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という事で、去年の労をねぎらって、日曜日のお昼は、近所のイタリアンでお腹いっぱい食べました。

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帰り道。夕飯の食材が入ったスーパーの袋を片手に、夫と子供が手を繋いで歩く後ろ姿。それを後ろから見守りながら歩くわたし。

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スパイファミリーのエンディング曲、星野源の「喜劇」。

♫ 手をつなぎ帰ろうか。今日は何食べようか。「こんなことがあった」って、君と話したかったんだ。いつの日も君となら喜劇よ。踊る軋むベッドで笑い転げたままで♫

去年の今頃は、1ヶ月家族と会えなかったので、こんなありふれた日常に、ふと幸せを感じた、日曜日でした。