心の分数 ○○/○○

こんにちは。

今日は『心の分数』について書いていきます。

 

自分の人生の中で起きた、何か苦しい事や悔しい事、悲しい事。

それが人生の出来事の何パーセントにあたるかで、とらえ方が変わってきます。

 

例えば、"●●/○○"  という風に分数にして考えた時に、

分子(●●)⇨いままでの辛かった出来事

分母  (○○)  ⇨人生におこったすべての出来事

とすると、

 

10 /10 という風に、

分子と分母が同じ数字の場合は、

その人の人生全て苦しかった。

という事になるので、相当つらいですよね・・・。

 

逆に、分子が同じ数字でも、分母の数字増えれば増えるほど、

その人の人生の捉え方は、少し優しいものになるかもしれません。

 

文章で説明すると、難しいですが、ちゃんと伝わっていますか?

 

少し違う表現をしてみます。

小さなコップに、赤い絵の具を1滴たらしたら、

コップの中の水は真っ赤になってしまいます。

では、広い海に赤い絵の具を1滴たらしたら、、、

水の色は一瞬赤みを帯びますが、すぐに透明に戻るでしょう。

 

さっきの表現とつなげると、

赤い絵の具=分子=いままでの辛かった出来事

  水の量=分母=人生で起こったすべての出来事

 

こんな感じでしょうか。

もちろん、この考え方が全てではなくて、どんなに幸せな事が多くても、たった1つの傷つけられた出来事で、感情をもってかれてしまう事は、あると思います。

 

でも、この考え方の素敵で優しいところは、

辛かった出来事そのものや、その時の感情を、

捨てなくても、無くさなくてもいい。

という所です。

 

前々回のブログでの私は、あの頃蓋をしていた辛かった気持ち、傷ついた気持ちを、まるであの頃の自分に戻ってしまったかの様に感じていました。

 

過去の事と向きうなかで、今の私は弱さも強さも受け入れ始めて、

過去の色々な出来事が、今の私につながっていると感じる事ができて、

少しずつ、心は癒えてきているのかなと感じていました。

実際にそういう所はあると思います。

 

でも、いくら今の自分が癒えていっても、

何かで、心の状態が弱くなる日に、

急に、あの頃の幼い自分がそのまま出てくる。

 

これは、どうすればいいんだろう。

どうやって、過去の辛かった出来事を解決?してあげればいいんだろう。

過去の出来事は一生自分にしか背負えないもので、

それを解決してあげるのは、今の自分しかいなくて、

がんばらないと。。

と、数日間、もんもんと、考えていました。

 

私の頭の中は、"赤い絵の具=分子の部分=辛かった過去の出来事"

でいっぱいでした。分子の部分しか見てないから、心の水は真っ赤です(笑)

 

映画を観たり、漫画を読んだり、勉強をしたり、美味しいもの食べたり、

そういう自分の好きな事は遠ざけていたし、そちらの方向に意識がいかなかったし、

ただひたすらに、『過去の辛い出来事に傷ついているあの頃の私』

について考えていました。

 

でも、土曜日に、この、『心の分数』の話を聞いて、

既に起こってしまった過去の出来事、分子の部分を、

変える事ができなくても、

これからの人生で、分母の部分を、増やしていくことは出来る。

という考え方を知りました。

 

優しい考え方だなぁ。

と思いました。

 

過去の出来事の捉え方は、変える事ができると思うし、

そういう意味で、カコは変えられる。と私は思います。

 

でも、起こってしまった事実や、その瞬間に私が感じた感情は不変的だから、

そこに気づいてしまうと、道が塞がれてしまった気持ちになっていました。

 

そんな時は、一旦苦しかった事(分子の部分)から視線をうつして、

分母の部分をみてあげる。

今日1日、この1年、その先ずっと、

楽しい、幸せな思い出を増やしていって、

分母の出来事が増えれば、心の中の水の量が、海のように多くなれば、

 

過去に起こった辛い出来事で、心が埋め尽くされてしまう事は、

少なくなるかも、しれません。

 

楽しい事や、やりたい事、幸せな思い出を増やしてあげる様に、

日々を生きて行けばいいんだなって、

優しい気持ちになりました。

 

同じように悩んでいる方。もしいれば、何かの参考になれば嬉しいです。

 

また、先天性心疾患の子供を育てている親御さん。

お子さんの入院、手術に付き添い見守る時に、色々な事を考えると思います。

もしかしたら、辛い思いを、痛い思いを、苦しい思いを、させてごめんね。

と思うかもしれません。

これについては、大人になった私たちは、病気に寄り添って隣にいてくれた両親に、

感謝しかないし、ごめんね。なんて思わないで!と思うけど、

実際に親の立場になったら、思ってしまう事なんだろうと思います。

そんな時にこの考え方であれば、

病気になってしまった事実は変えれなくても、

これからのお子さんの人生で、沢山楽しい事や幸せな事を積み重ねてこうと、

少し、未来が明るいものに、感じられるのではないかなと思います。

 

私は、病児本人で、そのご両親の気持ちは絶対に分かり得ないけど、なにか少しでも、助けになればいいなと願います。

 

という事で、私は少し元気を取り戻しました♡

 

おしまい。

ほぼ日記

こんばんは。

前回のブログは、なんていうか、闇ですね(笑)

そんな日もあるって感じで、

皆さん、暖かく見守ってください。

 

心配して下さった方、ありがとうございました。

 

そういえば、昔やっていた『地獄先生ぬ~べ~』というアニメで、

一生で1度くる霊気やエネルギーが下がってしまうという日に、鬼の手に封印していた鬼が暴走してしまって、ぬ~べ~が自分の心を失ってしまって大ピンチ!

というお話がありました。ぬ~べ~が一番弱くなってしまった日のお話でした。

 

一生に一度なんて、そんな大げさなものではないけど、

毎月だったり、この季節になると、だったり、

いつもは頑張れている事ががんばれない、

まとっている鎧が全部はがれちゃうような、

そんな時ってあるのかもしれないな。

 

でも、そんなときに自分の本質がみえたりして・・。

 

なんて。感傷的になりすぎかな・・(笑)

 

今日、今晩のおかずは何ですか?

とキッチンで料理をしている、自分の倍くらい生きている旦那さんに聞いたら、

『うるせぇーなおまえ!何てこと聞くんだよ。お前じゃない事は確かだよ!』

と言われました・・・。

 

どこからつっこめばいいのか分かりません笑。

私は毎週、この方の

『うるせーなおまえ!』に、元気をもらっていました。

だって、満面の笑顔で言うから♬

 

このセリフを聞けるのもあと数回。

こちらも元気を届けよう。

 

おしまい。

今の私~2019.9.11~

こんにちは。

今日は、有給消化で1日お休みでした。

でも・・・・、

今日はちょっと調子が悪くて。

身体の不調というよりは、なんというか、ネガティブな気持ちになって、

あの頃の、一番大変だったときの自分の感情に1日ひたってしまいました。

9時から16時前まで、ほとんど一歩も動かず、

じっとあの頃の自分に戻ってしまって、じっとじっとしていました。

 

ごめんなさい。

ネガティブな内容で。

基本的には、前向きに日々の当たり前の幸せを楽しみながら、

あの頃の自分があるからこその今の自分をかみしめて、生きているのですが、

今日だけは、ごめんなさい。

 

今、大変な方、親御さん、ちょっと不安な方にベクトルが向いている人は、今日のブログは読まないほがいいかも・・・。

(なんて言われても、ここまで読んだら、内容気になっちゃいますね・・・。ごめんなさい。)

 

最近は、誰かを頼ったり、弱音を吐いたり、弱い自分も受け入れられて。

前向きに物事をとらえたり、

色々な角度から物事を観たり、

そういう強い自分も今まで通り、受け入れていて。

 

強い自分も弱い自分も大切にする事を学びました。

 

いつだったか、

"好きな事ややりたい事だったら、少し無理をしても頑張ってみようと、ブレーキを少しだけ緩めてみました。ブレーキをかける大切さも知っている上で、ブレーキを緩めてみるのは、ブレーキをかける事を知らなかった時と比べて、違う世界が見える気がします。"

 

と書きましたが、まさにそんな感じで、

弱い自分も知った上で強く頑張っている自分は、

弱い自分を見ないふりをして、強く立っていた自分とは、

まったく違う世界が見える気がしています。

 

その時々で、弱い自分が表面に出ても、強い自分が表面に出ても、自分の中の両方の自分を知ってあげていれば大丈夫。どちらの自分も大切な自分だと、思えるようになりました。

 

そして、自分と仕事について考えたり。

仕事と体力について、病気に対する甘えなのかそうでないのかを考えたり。

 

同じような大人の方や、

今、あの頃の私と同じ年齢を迎えている方、

先天性心疾患の子供達に寄り添う親御さんと関わりを持つ中で、

沢山の感謝のお言葉を頂き、

私が励まされ、教えてもらった事は、

 

『ただ、生きている事に意味があるという事。』

 

死にたいほど辛いと思う事も、正直あったし、

それを死にたいという言葉で心の中で思った事もありましたが、

今、生きている事の意味を、

だた生きているだけで大きな意味があるという事を、

皆さんに教えて頂きました。

 

今日は、完全にあの頃の私に、

それもあの頃は蓋をして、周りには隠していた気持ちに、戻ってしまったけど。

 

ブログを書き始めた3月から色んな事を考えてきたな。

ずっと聞いてくれた先生、ありがとう。

読んでくれている皆さん、ありがとう。

いつも一緒に生活をしてくれている家族も、ありがとう。

 

でも、私、

まだまだ、時間がかかるみたい笑。

まだ、時々ものすごく苦しくなる。

病気の事、手術が何度も失敗したあの夏、声がでなくなった朝、家庭内の問題、

力のある人に勝てなかった事。

 

強い自分と弱い自分を受け入れられた自分は少しえらいと思うけど、

それは今の私で、

それとは別に、あの頃の場所でうずくまっている自分を見つけてしまった。

 

誰かに頼る事も大事だし、

話を聞いてもらったり、

こうやって気持ちを表現したりすることはとっても大事。

 

でも、最終的に、あの頃のうずくまっている自分を救ってあげるのは、今の自分しかいないのかなって思うのです。

 

違うかな・・・。

他の考え方もあるのかな・・・。

 

もう少し、頑張ってみます。

1年かかるかもしれないし、8年かかるかもしれないけど、

向き合っていかなきゃな。

 

ちなみに、このブログを書くために、私が読み返してみた過去の記事を貼っておきます。また、いつか、振り返りたいときに分かりやすいので。

① 今の私

② 挫折と目標

過保護と必要保護⑰まとめ その3~病気に対する甘えなのか必要な休息や対応なのか

ほぼ日記 誕生日が来て思う事

 

こんな感じのブログは、皆さんに何かプラスになる事があるのかな。

なんだか、私の為に書いたようなブログでごめんなさい。

 

ただ、Twitterでも、同じように頑張っている大人の方達と話したのですが、

 

私たちの幼少期は、同じような経験をした先輩がほとんどいなかった。

みんな手探り。

でも、今は、大人になった人がたくさんいる。

だから、私たちが語る事で、

子供達のこれからが、私たちより生きやすいものになってほしい。

と思います。

 

それは、同時に、あの頃の自分を救ってあげる事にもつながるのかもしれません。

 

最後に・・・、

少し気分をあげて、

いくつか写真を載せますね。

どーでもいい写真(笑)

 

⇩最近夫が買って来てくれた、ちょっこりさんピカチュウと仲間たち♡

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⇩子供に買ってあげたフランス雑貨屋さんの指人形達。暗闇で光ります。 

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 ⇩私の家カギのキーホルダーのモコナf:id:Sweet-pea:20190911195706j:image

 

読んで下さったみなさん。

どんな気持ちにさせてしまったか少し不安ですが、

ありがとう。

 

ちょうど、今、テレビで『明日はきっといい日になる』が流れてきました♬

ナイスタイミングです。いい歌だなぁ。

 

おしまい。

もしも人並に体力があったら・・・

週の後半の疲労感から、

今日も思ってしまった。

 
『体力がほしい。』と。

 

体力がないのは今に始まった事じゃないし、

いい加減受け入れなきゃいけないのだけど、

やっぱり、思ってしまうものは思ってしまう。

 

でも、ちょっと考えてみた。


もし、最初から人並に体力や、運動能力があったら・・・。
もっとスムーズに、もっと早く、最短距離を通って、一人前の理学療法士になれたかもしれない。理学療法士になってからも、今より、バリバリ、1日に沢山の訪問リハビリをこなして、精力的に働いていたかもしれない。

 
体力やら運動能力が乏しかったから・・・。

時間もかかったし、まわり道をしながら沢山の壁にぶちあたったし、コツコツと地道な努力を続けて、やっと一人前の理学療法士になった。今も1日5件の訪問が限界。

 
どちらも同じ、一人前の理学療法士だけど、

最短距離でスムーズに一人前になっていたかもしれない体力のある私には、

"人を観る"という力において、

色んな景色をみながら、色んな想いを経て、ここまで来た今の私にはきっとかなわない。

 


なんて。

 

今の私へのエール。

そして、あの頃の私へのエール。

そして、今壁にぶち当たりながら毎日を過ごしている方へのエール。

 

一緒にがんばりましょー。


その経験はきっと力になります。
弱い自分も強い自分も大切にして下さい。

 

おしまい。

あっ、、

1人前なんて偉そうな事を言ってしまいましたが、まだまだ未熟な私です。

理学療法士になって10年ほど経ちますが、

本当に1人前になれるまで、あと10年かな、20年かな・・笑。

頑張ります。

ほぼ日記~理学療法士のお仕事とママの背中~

2019.9.2(月)

 

今日は、担当者会議という大事な話し合いが2件ありました。

 

 担当者会議というのは、本人・ご家族・ケアマネ・リハビリスタッフ・介護スタッフ・看護師・デイサービスのスタッフ、などなど、その方の在宅生活に関わる全ての人が、ご自宅に集まって、今の現状を確認し合い、ご本人・ご家族を中心に、これからどんな支援すれば、より安全で安心で心地よく暮らせるのか、話し合う大切な会議です。

 大抵は、全ての職種のスタッフは別の会社の人間なので、初めましての自己紹介から始まります。主治医の先生は、他の患者さんの診察があるので、参加できません。我々理学療法士や看護師は、"訪問看護指示書" という医師からの指示の元に動かなければいけません。なので、事前に必要な確認事項や、相談事項あれば、電話やFAXでやりとりをします。ご本人、ご家族も含めたチームワークが大事です。時に、現状の改善のために意見を主張しなければならない場面もあります。

 

 実は、このブログを見て下さっている方の中に、将来理学療法士になりたい方や、子供が理学療法士に興味を持っている、という方がいるみたいなので、訪問領域の仕事内容の一部を少し書かせて頂きました。参考になるといいな♬

 

そんなこんなで、頭をフル回転した1日だったので、少しお疲れ気味の夜でした。

それを察したのか、寝かしつけの際に息子が、

『ママ、お仕事がんばっててえらいね』

『ママのお仕事は、ケガをした人をたすけるんだよね、じょうず!じょうず!』

と。嬉しかったな♡

「〇〇は毎日保育園がんばってるよねー。」

「〇〇は、いつも面白い事をして、みんなを笑顔にするの上手!上手!」

と。2人でラブラブして眠りにつきました。

 

毎日、手のこんだお料理は作れないし、

習い事に通わす事もしていないし、

1日に一緒にいられる時間も少ないけど、

 

ママの背中をみて育っておくれ。

 

と思った夜でした。

 

おしまい。

手術の傷跡⑧〜大人編 私とプールと海と水着と〜

こんにちは。

今週はいく先々のお店で、ハロウィンの飾りを売り出していて、びっくりしました。

夏もそろそろ終わりますね。

 

前回は温泉について書きました。

温泉と同じように、あの頃の私が自分には一生縁がないと思っていたことは、

"可愛いビキニの水着"です。

でも実は、大人になってから、人生で1度だけビキニを着た事があります。

今日は、『プールと海と水着』について、どんな風に身近になっていったのか、これまでの事を振り返ってみようと思います。少し長くなります。

 

学生の頃は、

可愛い水着を自由に着れる女の子達が、

当たり前に夏を楽しめる女の子達が、少し羨ましかったです。

そして、もう1つは、

水着を着ている女の人の傷ひとつない身体を見ると、キレイだなぁと。

単純にキレイだなぁ・・と見とれてしまいます。

 

同じ女性だけど、

自分にはないものを持っているみたいな。

永遠に手に入れる事が出来ない憧れみたいな。

大げさですが、そんな感じです。

これは、今でもそうかな。

別に悲しい気持ちになったりはしないけど、とにかく、きれいだなぁと憧れます。

 

(いままでに、何度か書いていますが、私は開胸手術を何度かしていて、最後の手術は中学になってからです。傷は長めで、下に行くほど少し太くなっています。開胸手術以外の手術もあったので、背中やお腹にも傷があったりします。自分が大変だったという事ではなくて、小さい頃に手術をして、ほとんど傷が目立たなく、ビキニなどを普通に着て夏を楽しんでいる先天性心疾患の友達もいます!傷跡の状態も個人差があるし、どんな長さや太さの傷でも、気にするか気にしないかは、人それぞれです。だから・・親御さん達、このブログを読んで、心配しすぎないで欲しいです。もし悩む時がいつか来たら、その時にそっと寄り添ってあげて欲しいなと思います。)

  

小学生の頃は、プールの授業にも参加していたし、お休みの日に家族でプールに行ったり、父に泳ぎ方を教えてもらったりしました。友達とプールに行った事もありました。夏休みにプールに行くのは大好きでした。

 

でも、結構泳ぐ練習をしたのですが、私は泳げません。

小さい頃から、ふし浮きをしても、だんだん沈んでいっちゃって、バタ足をして前に進む事は出来ますが、クロールの息継ぎで、顔をいくら横に振っても、水面より上に顔を出せなくて、息継ぎが出来ません。大人になってからも、少し練習しましたが、どう頑張ってもほんの少し沈んでしまい、息継ぎが出来ないのです。

相当な運動音痴なんだと思っていましたが、この仕事についてから、私がなんで水に浮き難いのかその理由が少しだけ分かりました。

 

理由その1:痩せているから。

私はどんなに食べても太れません。

羨ましいと言われる事もあるけど、細い身体が結構コンプレックスです。

子供の頃は、"ガリ"とか、"ほね"とか、"お骨"とか、色んなあだ名をつけられました。

子供って見たままを言うから、残酷ですよね(笑)。

だからか、今でも、女性らしいふっくらとした身体に憧れています。

太れない理由も、医療の勉強をしてから1つ思い当たる理由を見つけましたが、長くなってしまうので、ここでは省きますね。

(これにも個人差ありです。先天性心疾患児皆が痩せすぎて困る訳ではありません。)

水に浮くとき、女性や少し太っている方の方が浮きやすく、

体脂肪率が低い筋肉質の男性の方が浮きづらいと言われています。

これは、脂肪は水に浮きやすく、筋肉は重いため浮きにくいという特性があるからだそうです。私は、皮下脂肪はほとんど無かったので、浮きにくい身体だったんだと思います。

 

理由その2:片方の肺に空気が入りづらいから。

私は、子供の頃の手術で横隔膜の神経を切断しました。この神経は成長とともに復活する事も少なくないのですが、私の場合は復活せず、息をめいっぱい吸っても、肺の膨らみは少なく、肺活量は極端に少ないです。つまり、水に浮くときに浮袋の役割をする肺の膨らみが半分なので、浮きにくい身体だったんだと思います。

 

こんな感じで、大人になってから、泳げない原因を自分なりに解釈し、納得することが出来ました。

「じゃぁ、しょうがないか! 」って。

「自分の努力とは別の問題なんだ」って。

それでも、本当に泳ぎたいと心から思って、本気を出してプロに教えてもらえば、きっとお魚のようにスイスイ泳げる事も出来ると、本気で思っていたりもします♡

 

話がまとまらなくなってしまっていますが、

プールと海と水着にまつわる事を、順番に思い出しながら書いているので、

ご容赦下さい。

 

中学生の時は、一度も水着を着なかったと思います。

 

高校生になり、高1の夏だったかな・・。ある男子に、海かプールに行こうと何度か誘われました。私は毎回理由をつけて断っていました。明らかに水着を期待している感じの人だったから、行けるわけありません。それ以上好きになることもなく、自分の事を知ってもらいたいとも思わず、恋は始まらずに終わりました。他には、バイト先の仲間達に海に行こうと誘われた時も、迷う事なく、理由をつけて断っていました。沖縄の修学旅行の話はこの前書いたので省きますね。

 

高校の頃も、こうして振り返ってみると、

プールや海を避けていたし、水着を着た事もなければ、

着たいとも思っていなかったです。

私には縁のないものだと思っていました。

 

理学療法士の養成校に入って、

ほんの少しの期間ですが、スポーツジムでインストラクターのバイトをします。

運動音痴で有名だった私が、ジムのインストラクターをしているなんて、

高校の友達が聞いたらきっと皆笑うでしょう。

でも、筋肉と骨の知識はあったから、面接を受けたら受かっちゃったのです。

基本的には、マシントレーニングをしている人のサポートが仕事でしたが、たまにプール内のスタッフとして、水着を着てプールサイドに立たなければなりません。

泳げない私は、プールの監視は出来ませんが、受付として、プールに入って来た人達の簡単な健康チェックをしていました。血圧測定とか。プール内なので、もちろん水着着用です。でも、スポーツタイプの水着だし、上から大きめのTシャツを着ているので、抵抗なく水着を着る事が出来ました。

 

これが、中学の手術以降、初めての水着でした。

水着を着るきっかけとしては、ちょうど良かったと思います。

 

しかし、私は中学の手術で声帯の神経を片方切っていたので大きな声が出せず、

当時の私の声の大きさでは、プール内では声が届かず、

『もっと大きい声を出すように』と何度も先輩に注意されてしまいました。

結局それが面倒になり、このバイトは短期間でやめました。

嫌な思いもしましたが、水着を着るきっかけを作ってもらえたので、

そういう意味では、意味のある時間であったのかなと思います。

"意味のない時間はない" なんて言うけど、まさにそんな感じです。

 

専門学校でも、海に誘われたりしましたが、断っていました。

でも、4年間苦労を共に過ごす中で、家族のような関係になった仲間たち。

病気に対する理解もあるし、今誘われたら、迷わず行くかな ♬

水着に対する抵抗感も、若い頃に比べたらかなり低くなっているし、

手術の傷がチラッと見えても構わないと思える関係性だし。

温泉は嫌ですが(笑)。

 

そして、専門学校2年生の夏。夫と出会います。

始めてプールに行ったのは25歳くらいの時だったかな。

ずいぶん時間がかかりました。

 

元々、海やプールに全然興味のない夫なので、付き合っている学生時代に、デートで海とかプールに行こう!となる事はありませんでした。私が、傷を気にしているのも知っていてくれたので、余計に誘われなかったのかもしれません。

 

でも、夫の地元は海沿いの地域だったので、海を眺めにいったりはしていました。

海を眺めるのとか、波うち際で、足先だけチャポチャポつけるのは大好きでした。

この頃から、少しずつ"海”が身近になってきました。

 

社会人になって、3年目くらいでしょうか。

夫と一緒に住むようになった最初の夏。たまたま、家の近くに、市が経営している屋内プールがある事を発見しました。社会人になってから順調に太り始めていた夫は、運動目的で。私は興味本位で。行ってみようかという事になりました。

市の屋内プールなので、水泳帽も着用必須ですし、皆運動目的で来るような場所なので、ビキニとか可愛い水着を着ていたら、逆に目立ってしまうような施設でした。

だから、スポーツジムで使っていた、スポーティーな水着を気兼ねなく着れるし、

夫となら手術の傷跡も気にせずにいられるし、産まれ育った地元とは離れた場所だったので、知り合いに会う事もないし。

プールデビューにはちょうど良い条件が揃っていました。

そこから、お休みの日の気分転換に何回か通ったかな。でも、ろくに泳げない私はすぐに飽きてしまって、ひと夏の思い出です。

 

こんな感じで、何気ない日常の中で、自然にプールデビューを果たしました。

 

夫とは、一緒に住み始めた翌年に入籍して、

さらにその翌年に結婚式を挙げて、

新婚旅行はハワイに行きました。

 

あの頃の私なら、新婚旅行の旅先で、

わざわざ『海』を連想させる、ハワイを選ぶなんて事はしなかったです。

でも、この時は、海の近くに住み始めて3年目。

海を眺める事が日常になってきていて、海沿いのカフェでのんびり過ごしたり、

お休みの日に海が見える温泉で仕事の疲れを癒したり、

気分が落ち込む時は、海沿いを散歩して波の音に癒されたりと、

いつのまにか、私はすっかりと、海の魅力にはまっていました。

ハワイの綺麗な海が見てみたくて、

そして、ハワイの海で可愛い水着を着て海水浴をしてみたい!

と自然に思えるようになっていました。

 

ほんとに人生って何が起こるか分からないなぁと思います。

 

さぁ、ここから、私は人生で初めて可愛い水着を選びに、デパートへ行きました。

どうやって選んだのかはあまり覚えていないのですが、

とにかく、一生に1度の新婚旅行だし、一緒に行くのは夫だし、

傷が出る出ない関係なく、

『可愛い♡♡』

と思える水着を買おう。と思っていました。

そして、人生で1回くらいはビキニを着てみたいなと思って、

少し・・・、いや、かなり思い切って、

可愛いビキニの水着を購入しました。

 

ハワイでは、海水浴をしたり、オプションのツアーで天使の海に行ったり、

シュノーケリングをしたり、何度も水着を着ました。

 

慣れないビキニの露出度に、多少の恥ずかしさはあったものの、

不思議と、

傷が見えて恥ずかしい。とか、

他人の視線が気になる。とか、

そういうのは、全くありませんでした。

 

多分、異国の地だったから。

自分にとって、非日常だったから。

あと、新婚ボケしてたから笑。

 

私は英語が話せないし聞き取れないので、

例え、向こうのガイドや他の人達が、私の傷に気づいて何か言ってきたりしても、

私の事を話してるのかどうかも分かりません。

話しかけられても困るので、

私も周りの顔色を伺ったり、表情を敏感に観察したりもしません。

日本人も周りにいますが、みんなハワイに浮かれているので、

周りなんて見ていません。

ただその場にいるのは、自分と夫だけで。

 

ハワイにいる間は、周りの人の視線とか、会話とか、声色とか、表情とか、

全く意識に入れずに生活していました。

日本では、つくづく周りに気を使って生活していたんだな。

と思い知らされました。

 

帰国してからは、しばらくして子供も授かったし、

その後ビキニを着る機会は無かったし、

多分今その水着を着ろと言われても着れないけど。

その1回の経験が、私のこれまでの人生でとてもいい思い出です。

 

1度やりたい事を思い切ってやってみたから、

なんていうのかな、、

満足しています。

 

そして、去年の今頃は、家族で沖縄旅行に行きました。

もちろん水着を着て海も楽しみました♡

高校の修学旅行のリベンジですね。

 

こうやって、人との出会いや、周りの環境、ふいの出来事などが重なって、

無理せずとも、少しずつ、

出来る事というか、楽しめる引き出しが増えていった様に思います。

 

あの頃の私に教えてあげたい。

時間はかかるけど、

結構色々な事が出来るようになるよっ!って。

 

それは、同情とかしないで、病気と私を切りはなして私自身を見てくれる、

自然に隣にいてくれる、夫のおかげかもしれません。

 

本当に私の病気に興味ないんですよね笑。

このブログも絶対読んでないですし笑。

 

色んな支え方をしてくれる人がいると思うし、

もっと病気に寄り添って支えてくれるステキな男性もいると思います。

でも、私には、今の夫の感じが丁度合っているのかもしれないなと思います。

 

今回は、長くなってしまいました。

読んでくれた方、ありがとうございます!

 

余談〜水着の流行のお話〜

2年前くらいから、水着の流行が変わったのって皆さんお気づきでしたか?

最初に流行りだしたのは、ホルターネックタイプで鎖骨周りがすっぽり隠れる感じのビキニ。その後、ワンピースタイプもまた再燃し出して。露出が少ないけど可愛い水着が増えてきました。

私が学生の頃は、露出が少ない水着は若い子向けのは中々無くて、大抵やぼったくて、可愛いデザインのものはほとんどありませんでした。

今は露出をおさえて、かつオシャレで可愛らしい水着が沢山出て、ワンピースの水着もおしゃれに着る流行です。おしゃれの流行は繰り返すというけれど、私達先天性心疾患の人達には、いい時代がやってきたな!!と思います♡ 

 

  

おしまい。

ほぼ日記。~ピカチュウとタピオカと~

先週の振り返り。

 

我が家に新しいピカチュウが仲間入り。今度のは少し大きめです。

お腹にティッシュペーパーを入れられます♡

朝起きて、まだ誰も居ないリビングの扉を開けると、目があって、おはようって言ってくれている様で元気がでます。

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後ろに少し見えるのは、何か分かるでしょうか?

茶色い頭が覗いています・・・。

 

 

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そうです!おさるのジョージです。

 

小さい頃に、ひとまねこざる(元々の絵本はこの名前でしたね)の絵本が大好きで、何度も読んでいましたが、Eテレでアニメになっていたのですね。

このアニメは結構好きで、子供が生まれる前からよく見ていました。

アニメ版、おさるのジョージの見どころは、ジョージと一緒に住んでいる、黄色い帽子のおじさんの器のでかさです。ジョージがどんないたずらや失敗をしても、ほぼ怒ることはありません。それどころか、ジョージの暴走を、笑って済ませる次第です。

ジョージの行き過ぎた暴走と、それを笑って包み込む優しい黄色いおじさんのお話です。

絵本のひとまねこざる。⇩

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ピカチュウから話がそれちゃった。話を戻します。

ピカチュウは可愛いだけでなく、大きくて目立つので、使いたいときに直ぐにティッシュ を発見できて便利で、実用的です♬

 

膝に置いても可愛いです♡⇩

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これは、先週の保育園からの帰りに息子が見つけた

ダブルレインボー⇩
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これは、土曜日の夜にタピッた写真。

選んだのは"黒糖抹茶"

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女子高生はタピオカドリンクを飲む事を、タピる。って言うんですよね。

『タピった。』って言ってみたくて、流行に乗っかってみました。

タピオカ専門店は、今色んな所に出来てますね。原宿とか渋谷とか若者の街だけじゃなくて、普通の町の商店街にも続々と出店されているみたいです。

すごく量が多くて、冷たくて甘いドリンクを、駅前のベンチで一気に飲んだら、お腹がタプタプになって痛くなりました。黒糖抹茶は甘すぎました(笑)

無難にミルクティーとかの方が良かったのかな。

 

⇩最後は、今日のお昼に入った喫茶店の写真。
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このお店は、紅茶を注文すると、

『ミルクか、レモンか、オレンジはおつけしますか?』

と聞いてくれます。私はいつもオレンジをつけてもらいます。

 

今日は、ほんとにただの日記ですね。

付き合って下さった方、いましたらありがとうございます。

 

おしまい。