6月のお花 紫陽花

こんにちは。

突然ですが、今日はこの時期のお花。アジサイの写真を沢山のせちゃいます!

夏のお花で好きなのは、アジサイとひまわりです。紫陽花と向日葵。

 

アジサイは、梅雨で曇りがちな天候の中で、道端にパッとさいていて、

それも、1つづつ微妙に色が違ったり、そのグラデーションに癒されたり、形も

少し違う種類もあって。毎年この時期に見かけるのを楽しみにしています。

 

この文章を書いていて思い出しましたが、高校入学まで住んでいた自宅の脇の道に、アジサイがたくさん咲いていて、その時から好きだったのかもな。

 

では、今年咲いていたアジサイの写真を沢山のせていきますね。

インスタグラムを利用している方は、私はブログを更新する度に、花の写真をアップしているので、見たことがある写真もあるかもです。

お花好きな方は、見て行ってくださいね。

 

アジサイの種類~ガクアジサイアジサイ

f:id:Sweet-pea:20190623113100j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113215j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113238j:plain

↑まずは、「ガクアジサイ

外側の花だけが開花し、内側の花は小さいままで、まるで額縁のようであることから、この名前がつけられたそうです。

 

アジサイは花のつけ方の種類で、この「ガクアジサイ」と、

すべての花が開花する、「アジサイ」があります。

実は、もともと日本に自生していたのは、この「ガクアジサイ」で、それを気に入った西洋人が、自国に持ち帰って品種改良したものが、よく見かける通常の「アジサイ」なんですって。日本に逆輸入されたようです。

 

次、行きます。

花の色の決まり方 

f:id:Sweet-pea:20190623113226j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113308j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113218j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113210j:plain

 

f:id:Sweet-pea:20190623113247j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113238j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113236j:plain


↑色んな色がありますね。グラデーションが綺麗です。
アジサイの花の色は、その場所の土壌のphによって決まるんです。

 

土壌が酸性の場合⇨青色に。

   アルカリ性⇨ピンク色や赤色に、なるそうです。

 

元々の色はピンク色で、酸性の土壌に含まれるアルミニウムが、アジサイの中にあるアントシアニンという色素物質と結びつくことで青色に変化するそうです。

だから、青い花アジサイも、時間の経過とともに少しずつピンク色に戻っていくみたいです。

 

なんだか、面白いですね。

 

アジサイ花言葉

アジサイ全体の花言葉と、色別の花言葉があります。

まずは、全体の花言葉からご紹介します。

 

花言葉① 乙女の愛

この花言葉は、江戸時代の物語に由来する花言葉だそうです。

当時西洋人の医師、シーボルトは日本人女性と恋におち子供を授かります。

しかし、シーボルトは時の情勢により、国外追放に。

彼は、自国に帰るときに、日本のアジサイを持ち帰り、自国のドイツにて、アジサイの美しさと日本にいる妻を重ね合わせるのです。

この切なくも悲しい物語からつけられた花言葉が、「乙女の愛」。

花言葉② 移り気

アジサイの花が、土壌成分により色を変える事から、生まれた花言葉が「移り気」

先ほどの愛の物語からかなり変わりますね笑。

花言葉③ 浮気

こちらも、移り気と同様の理由からつけられた花言葉だそうです。「浮気」。

もう、最初の感動的?な愛の物語がなんだったんでしょう笑。

 

つづいて、色別の花言葉です。

 

白色のアジサイ花言葉 : 寛容

 

f:id:Sweet-pea:20190623113233j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113226j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113229j:plain

 

時々見かける真っ白の純白のアジサイ

このアジサイは、色を変える色素のアントシアニンを元々持っていないそうです。

土壌の状態に左右される事なく、真っ白に咲いています。

どの色にも染まれる白色、というところから、「寛容」という花言葉がついたそうです。

 

青色のアジサイ花言葉:忍耐強い愛

 

f:id:Sweet-pea:20190623113215j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113210j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113223j:plain

 

アジサイが雨に耐えて咲く姿からつけられたという説や、

最初にご紹介した、西洋人のシーボルトが、離れてもなお妻と子供の事を思い続けたというところから、「忍耐強い愛」。という花言葉が生まれたそうです。

なぜ、青色のアジサイ花言葉なのかな。

シーボルトが持って帰ったガクアジサイが青色だったのでしょうか・・・。

 

赤やピンクの花言葉:元気な女性・強い愛情

 

f:id:Sweet-pea:20190623113308j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113218j:plain
f:id:Sweet-pea:20190623113213j:plain

 

赤色は、気持ちを前向きにさせて、積極性といった気分を元気にさせる作用があるんですって。暖かく、情熱的な印象を与える事からも、「元気な女性」「強い愛情」という花言葉がついたそうです。

 

 

以上、アジサイの豆知識でした。

全然病気と関係ないですが、気分転換に読んでくれた皆さん、ありがとうございます。

 

ちなみに、上記の写真や、インスタにいつもあげている写真ですが、自分で撮ったもの2割、私の父が散歩中にとったもの8割です。父は65歳はとっくに超えているくらいの年齢ですが、健康維持のために、毎日散歩を日課にしています。その散歩中に撮った写真を沢山私に送ってくるのですが、どれも綺麗に撮れているし、せっかく撮ったのにもったいないよなぁと思い、皆さまにお披露目しています。

無断使用です(笑)。お父さん、ありがとう!

 

では、ジメジメ、しとしと、嫌な季節ですが、

紫陽花に少しでも癒されて、梅雨をのりきりましょう。

私が梅雨が苦手なので、自分を励ますためにこの記事を書きました♡

 

星野源の歌で、

つづく~日々の~道の先を

塞ぐ~陰に~アイデア

あめの~、音で~、歌を歌おう~♬

 

という歌詞が好きです♡ 

 

 

おしまい。 

 

手術の傷跡⑤〜高校生編 おきなわ〜

こんにちは。

前回の続きです。

 

今日は、前回予告した通り、高校3年生の修学旅行in 沖縄 について書いていきます。

 

私達の学校は、修学旅行に行く1年前くらいに、学年で多数決をとって、旅行先を決定します。各クラスでクラス委員が中心となって、ワイワイがやがや、ゆる〜い雰囲気で、候補をあげていき、多数決を取ります。でも、なんだかんだ毎年沖縄になるみたいです。

 

私は、やはり、沖縄=海、海=水着!

という発想だったので、北海道とかに手を挙げた記憶があります。

 

しかし、やはり決定したのは沖縄。

決まった時に、特別悩んだり落胆したりはしなかったかな。

 

沖縄のプランは、2泊3日。

そのうち、2日目だけは、各オプションコースに分かれていて、それぞれが希望を出せる方式です。選択肢があるのは、良かったです。

 

オプションコースは、全部で3つ。

 

① 海にて各マリンアクティビティ

   ビーチフラッグ、バナナボートなど

② ボートとシュノーケリング

③米軍基地内の家族に半日ホームステイ

 

の3種類でした。大多数が①を選び、その半分くらいの人数が②を、さらに10人にみたないくらいのメンバーが③を選びました。

 

私は、全くまったーーく、英語なんかに興味はありませんでしたが、やはり、水着を回避して、③を選びました。

 

でも、すぐに即決した訳ではなく、やはり、皆んなと海を楽しみたい気持ちもあったので、締め切りギリギリまで悩みました。

ビキニじゃなくても、タンキニとかもあるし!

でも、その間クラスでの会話を耳にすると、あちらこちらで、ビキニの話。最終的に、割と仲良かった友達に、水着どうする〜と聞いたら、

「もちろんビキニでしょ!」と言われ。

やっぱり、タンキニとか着るのはダサいのか。(そんな事ないのにね。)と思い、自分の本当にやりたかったコースは諦め、消去法で③を選びました。何でそっちが良かったかというと、仲の良い友達はみんな海コースだったからかな。

 

後日談、後に写真を見たら、タンキニの子も多くはないけど、チラホラ普通にいました。そりゃそうですよね。

 

でも、私は、

 

水着を着る事で、自分が手術の傷跡を皆に見られるのが恥ずかしいという気持ちよりも、

 

傷跡を出す事で周りに気を使わせてしまうとか、周りの人が視線に困るだろうなとか、意識的に見ないように視線が下に行かないように気を使わせちゃうかも、とか、

傷跡を見せた時の周りの人の気持ちが気になっていたのかも知れません。

 

あとは、

私は、手術跡を気にして自分の着たいものを着ないでいる自分が許せなく(したい事を病気を理由に諦める自分が嫌で)、かといって着る勇気もなくて、

海を回避した気がします。

負けず嫌いですね。

 

今選ぶならら、②かな。

泳げないから、バナナボートで振り落とされるのは怖いし笑。のんびりボート漕いで、浅瀬でシュノーケリングとか最高だな。足がつく所までしかいけないけど。

 

そんなこんなで、結局私は、③のホームステイを選びましたが、やはり全然楽しくなかった思い出を覚えています笑。

英語が分からなすぎて、適当に返事してたら、

4歳くらいの子に、あなた耳ついてる?

って言われました。

それだけ、聞き取れました笑。

 

あとせっかくなので、修学旅行の楽しい思い出を。

 

宿はホテルで2人1部屋。私はくじ引きで決まった、普通の仲の女の子と同室です。当時から、私は少しおっちょこちょいなところがあるから、その友達に、この部屋はオートロックだから、必ず部屋を出るときは鍵を持って出るように!と何度も言われました。それで、私が部屋のシャワーに入ろうとした時、その友達が、今から私は隣の部屋に遊びに行くから、シャワー浴びたら◯◯◯もおいでね。

あっ、鍵1つしかないから、絶対に部屋出る時鍵を持って出てきてね!!絶対だよ!

 

と何度も念押しされ。もう分かったよーと私。

結果、、

シャワーを浴びてスッキリした私は、部屋を飛び出て、おまたせ!と隣の部屋に行きました。

 

◯◯◯!鍵は!!と唖然とする友人。

 

3秒くらい時が止まりました。

 

先生経由でフロントに連絡し、無事に開けてもらうのでした。友達にめっちゃ怒られました笑。

 

翌日の夜、

今度は男子の部屋にみんなこっそり集まってる。と言われ、またもや、部屋でシャワーを済ませた私は、みんなから出遅れながらも男子の部屋へ。

 

ドアが閉まっていたので、インターフォンを鳴らすと、出てきたのは担任の男性教師。

どうしたの?と担任。

部屋を間違えました!

と咄嗟に言ってしまう私。

へー。気をつけてね。

と見逃してくれる優しい先生でした。

 

 

高校生編、おしまい。

 

※ちなみに、以前書いた同じく先天性心疾患のクラスメイトの友人は、心室中隔欠損症で赤ちゃんの時に手術をした子ですが、全く気にせず?(それは本人にか分からないですね)ビキニを着てマリンスポーツを楽しんでました!

 

私は、赤ちゃんの頃の手術跡に、さらに中学の時の手術跡が重なってます。上の方は綺麗ですが、下に行くほど2回分の手術跡が重なって、傷跡が少し太いんです。だから目立ちやすい気がしてて、すごく気にしていました。細線じゃなくて、太線って感じで。

 

自分がこんなに大変でしたって話を言いたいのではなくて、皆んなが皆んなこんなに悩むとは限らないですよ。っていうのを、親御さんや子供たちに伝えておきます。

 

余計な不安をあおってたらまずいですもんね。

 

悩む度合いが、傷の太さや長さに比例するとは思いません。病気の重症度もそうですが、一般的に言われる、これはよくある病気で、これは珍しい病気とか、そんな一般的な物差しで、本人の気持ちは測れません。

 

同じ病気や、悩み事でも、

捉え方は人それぞれで、

本人にとって、つらければつらい。

そこに他人の物差しは関係ありません。

 

何が言いたいんだろ笑。

私のケースは私の場合で、でも、なにかの参考になればと思い、あの頃の私が読みたい内容を思うままに書いていますが、

 

1番は、

本人の気持ちを大事になさって下さい!

 

ってことかな笑。 

私の他にも先天性心疾患の大人の方々が色々発信しているので、色んなケースを参考にされると、それぞれだなぁ。と思うと思います。

 

言いたい事、伝わるかしら笑? 

 

カテゴライズのお知らせ

こんばんは。

今日は、だいぶ記事もたまってきたので、ブログにカテゴリーをつけて

整理してみました。PC版の方は右側に表示されていると思います。

 

スマホから見ている方へ。

スマホ版のままでは、カテゴリーが表示されません。

画面の一番下までスクロールして、"PC版"という場所をタッチして頂ければ見れると思います。スマホ版より記事も見やすいかもしれないです。

 

これで、初めてのぞきに来てくれる方が、今までどんな事を書いてきたのか、

分かりやすくなったかな!

 

というか、私自身も、色々な事が整理されるようで、カテゴライズして良かったです♡

 

昨日は、1日ゆっくりと充電できて、エネルギーも満たされました。

朝はゆっくりして、お昼前に子育てに関するブログを書いて、

午後はドラマの"過保護のカホコ"を1話からつけて(動画配信で初めて見ました)

ながら見をしながら、部屋をキレイに整えました。

それで、ちょっと気分を変えたくて、引っ越してから初めて家具の配置を変えました。

テーブルの向きを少し変えただけですが・・・。

 

うん。模様替えすると、新鮮な気持ちになって、エネルギーの流れも変わるのかな。

なんだか、いいですね(笑)。

なんだかよく分からないけど行き詰った時には、模様替え、おススメです。

そういえば、母方の祖母は、何かある度にしょっちゅう模様替えしていたなぁ。

 

夕方、息子を保育園に迎えに行き、

昨日は親子ともに真剣勝負で大変だったから、

今日は私も息子も楽しくいきたい!と思って、

甘やかし作戦ですが・・・、

 

今日は、駅まで行って、トミカを買いに行こう!

そして美味しいもの食べに行こう!

昨日はママも○○も頑張ったからさ、お菓子も買っちゃおうか!

ママはお花屋さんで、かわいいお花買う!

 

と甘い誘惑で息子を誘いまくり、スムーズに保育園を出る事が出来ました。

たまにはいいよね、こんな息抜きも。

息子も昨日とは一転終始ニコニコの表情でした。

 

お肉を食べると元気がでるって聞いたから、夕飯はステーキで。

 

そんなこんなで、寝かしつけるまで大きな癇癪もなく、昨日は穏やかに過ごせました。

これで、今週の残りも乗り切れます♡

 

そうそう、過保護のカホコ星野源が主題歌を歌ってるから何気なく見ただけでしたが、結構面白いですね。高畑充希ちゃんが演じるカホコが可愛い。あと、時任三郎がカッコいい。

 

そんなこんなで、そろそろ寝ます。

夫は本当に仕事が忙しい時期らしく、今日もこれから帰宅だそうです。

忙しい時ほど、家でホッとくつろげる様に、ママが笑顔でいなくちゃね。

昨日の私は、ピリピリしすぎてた(笑)

 

教訓:夫婦お互いに余裕がないときは喧嘩注意報。どちらかが優しくできればいいけど、そんなの無理な状態なのに、一方的に話しまくったら良くないですね。反省。

いっそお互い、無理して話さないでも、それぞれの時間を過ごして、無言の労いをすればいいのかも。それで、また余裕が出来たら2人とも笑顔になれるしね。

ついつい、1日の終わりに沢山話したくなっちゃうんだよな~(笑)

 

おしまい。

 

 

 

ほぼ日記~思う事いろいろ~

こんにちは。

火曜日は、仕事は休みで、息子と療育センターに通う日ですが、

朝までは頑張っていくつもりでしたが、

朝起きて、どうしても体力・精神的にしんどくて、2人分のお弁当を作る気力もわかず、息子は保育園に行ってもらい。療育センターはお休みしちゃいました。

なので、今日は夕方まで1人です。

自分のペースで、だらだらしてもいいし、

気になっている部屋のちらかりをゆったりと片づけてもいいし。

そんな充電デー。

 

昨晩から、久しぶりにしんどくて、うまくいかなくて、

だから、思う事いろいろ。ここに吐き出します。

ごめんなさい。自分の為のブログです。でも、子育ての事とか、体力の事とか

色々書くつもりだから、長くなると思うけど、

暇つぶしに読んで下されば、何か感じる事はあるかもしれないです。

そうであってほしい。

けど、今日はほんとに思うまま書き連ねます。

だらだらと・・・(笑)

最初に謝っておきますね。共感することも、ご批判もあるかもしれないけど・・。

 

まず、昨日の出来事から。

 

昨日は仕事を終えたのが17時前くらいで、駅に着いたのが18時頃。

明日の予定もあるし、ちょっと手抜きをして、

駅にある"和光"で息子の好きなクリームコロッケと旦那の好きなヒレかつを購入。

これで、帰ったら具沢山のお味噌汁だけ作って、お皿にコロッケと、付け合わせのキャベツを盛りつければいいや! 

 

で、保育園に18時15分に到着。保育園は17時~は、各学年が一緒にホールという少し広い部屋に集まって、そこで保護者が迎えに来るまで混合保育になります。

 

私が到着すると、先生が、息子に声をかけてくれました。

これが、難しいのです。息子のその時集中しているおもちゃへの熱中具合で、声掛けの仕方1つで、コントロール可能な小さな駄々こねで収まるか、大癇癪になるか。

微妙な言葉のチョイスが影響します。

 

例えば、息子の場合、第一声で、「お母さんが待ってるから終わりにしよう」「あと少しだけね」はNG ⇨「終わり」とか「あと少し」って言葉に敏感に反応するので。例えば、『お母さんが帰りの支度する間に一番遊びたいおもちゃで遊んでまってよう』とか、終わりを告げるとしても『あと5分、他に遊びたいおもちゃはない?やり残したことないようにいっぱい遊ぼう』とか。あと、「お母さんが可哀そうだよ」とかはかなりNG、そうすると、ママあっち行って!!来ないでと、私に対して拒否モードになりやすい笑。

 

だからって、必ずこの言葉かけがベストってワードもなくて、どんなに配慮しても、虫の居所が悪かったら結局癇癪になる。

 

でも、その時の息子の表情とか仕草とか、周りの状況・環境とか、何のおもちゃで遊んでるかとか、そのおもちゃで遊び始めた所なのか、それとも、もうある程度遊んだあとなのか・・・色々な要素を観察して、言葉を選ぶ。ちょっとしたセンスが必要なのかなと思います。

私は職業柄っていうのも少しあるし、それよりなにより息子の母親だから、その微妙な表情が少しは分かる。(100%分かった気持ちになってはいけないとも思ってる)

 

だから、先生達に全部求めるのも違うしな。言い過ぎたら、気にしすぎちゃって、気にしすぎるとぎこちなくなって、ロボット的になるし。社会に出たら色んな人いるから、息子に苦手な話方をしてくる人との交流も、また長い目でみたら息子とって社会勉強で成長のチャンスだし。

 

だから、とりあえずは、その話しかけ方はしないで下さい。って逐一言うよりは、先生たちが、息子にとってすごく良い言葉かけをしてくれた時に、「先生の今日の言葉かけのおかげで早く帰れた~助かりました~」とか、

「この対応してくれると、いつも息子穏やかなんですよね」とか、

正のフィードバックをどんどんしていこうと思います。

で、気になるところは半年に1回の個人面談の時に少しお伝えしようかな。

 

もちろん、こないだみたいな、ここは許しがたい!っていう内容はすぐに先生に伝えて、意見交換はしていこう。

 

そんなこんなで、本当に許せない言葉かけ以外は、そういう事もあると理解しているし、保育士さんもいちいち攻めません。

でも、迎えに行った瞬間に、、「○○君、お母さん待ってるよ!お終いだよ!」

とか言われた日には、あちゃーー笑。今日は長くなるな・・・。

と思いますけどね(笑)。

 

そして、昨日がそうだった。私の迎えの知らせを聞くなり、

一番好きなレゴブロックで夢中に遊んでいた息子は、

やだ!!帰らない!!ずっとここで遊んでる!!

と大声を出している。ここで、私にさっと変われば良かったんだけど、

先生は少し頑張ってくれて、りくの目をまっすぐと見ながら、

もう帰る時間です。と。

 

ここで。息子キレました。持っていたレゴブロックを先生に向かって投げつける。

焦って私がかけより、物を投げてはいけない事。投げたら顔にぶつかって先生は痛い事。ごめんなさと言いなさい。と息子になるべく大声をださず、穏やかなトーンで話しかけます。これを言ったら、癇癪に拍車がかかる事は分かっていたけど、人を傷つける事をした時はしっかりと注意をしています。

 

案の定、そこから「わぁーーー!!」と怒り狂ってしまったので、暴れる息子をなんとか肩に背負って、空いている教室(静かな環境で2人きりになれる場所)に移動して、息子と2人になります。

ここだったら、どんなに暴れてもママが側にいるからいいよ。暴れたら、最後は落ち着けるから、大丈夫だから、なんて声掛けをして。。極めて冷静に努めます。

 

ここから、不思議なのですが、わーーと怒り狂ってるかと思えば、私がそんな感情の波のベクトルを変えようと、息子の両手を取ってメリーゴーランドみたいに回すと、ゲラゲラ笑ったり、笑ったかと思うとまた怒ったり泣いたり、くるくると表情が変わる。

たぶん、息子もコントロール出来ない感情の波がブァーーっと噴出していて、それが怒りの感情が主なんだけど、ママが面白い事するとそのブァーっと噴出するものが、一瞬、不快の感情から快の感情になる。でもすぐに不快にもどっちゃうけど。

脳って不思議です。

母としては、出来る事なら、そのベクトルのを快の方に変えてあげて、最終的には、あっ!いい表情になったじゃん!もう大丈夫だね!!と

行って、涙が少しひっこんだ息子を抱っこして、帰りたい。たまに成功します。たまにね。昨日は無理でした。

 

一瞬笑っても、すぐに攻撃的に戻っちゃう。挙句の果てに、おしっこもらすからね!!と宣言して、その直後、本当に教室の真ん中でジョーーーっと。慌てて先生に雑巾をおかりし、床に出来た池を綺麗にし、ここからはもう、私も優しくなんていられなくて、着替えを嫌がる息子を力ずくでホールドし、無理やりズボンとパンツを脱がせ、もうズボンだけでいいやと思って(笑)。パンツは省略しズボンだけ新しいのを履かせました。

 

息子は、大泣き、保育園に響き渡るほどの大発狂でしたが。

その後私の背後から、無理やり肩車のようによじ登られ、両手で私の髪をわしずかみにし力の限り引っ張ったり、肩に噛みついたり。プロレスラーか!!

(後でお風呂の時に気づいたのですが、吸血鬼に噛まれたかのごとくの歯形が、あちらこちらについてました笑。地味にお湯がしみて痛いよ息子。)

 

ここから、私はいつもと少し対応を変えました。

いつもは、どんなに息子が暴れても、私をぶとうと、蹴ろうと、噛もうと、ひっかこうと、手を挙げることはしませんでした。それをしたら、息子がだれかから暴力を受けた時、簡単にやり返してしまうかもしれないし、何より暴力で押さえつけるのは親としては楽なんです。言葉で説得するより短時間でいう事を聞かせられるし。でも、私たちは動物じゃなくて、頭がある、理性がある、だから、時間がかかろうとも、今すぐ理解できなくても、言葉で説明し続けることで、いつか理解してくれる時まで、息子の隣で、説明し続けよう。と、思ってました。世の中の流れ的にも、どんな事情があろうとも体罰はよくない!って風潮ですもんね。

 

でも、この時、私はすごく痛くて、息子も悪意を持って顔ばかり狙ってきたり、髪の毛を引きちぎらんばかりに引っ張ってきたり。

 

これは、こちらも叩いていいんじゃないかと。

もちろん、バシッ!じゃなくて、ペシッ!くらいな感じで。

こちらも毅然とした態度で一貫すればいいのかもしれない。

 

そう思って、○○痛い、ママすごく痛い、このままじゃ怪我しちゃうから、

止めないならママもぶつよ。と前置きしてから、噛みつく息子の頭をたたきました。

すると息子も、鋭い目つきでこちらを見据えてきて、さらに顔をたたいて来ました。

私も、息子の目をまっすぐと見て、頬っぺたを軽く叩きました。

息子が、やめて!!と言いました。

私も、ママも同じ気持ち。やめて!!

と言いました。そしたら息子が

泣きながら私にいしがみついて来たので、抱っこしながら、やっとこ教室をでました。

 

校門の外に止めてある、自転車の前に到着。

息子はまだへそを曲げていて、帰らない。自転車のらない。ずっとここにいる。

と。でも、もう感情の噴出は収まっているようだし、あとはあれだけ怒った手前、どこで、普通のモードに戻すのか、息子も葛藤しているようでした。

 

ここまでで、30分以上たってますが、私はもう腹をくくっていて、本気でいつまででも、例え夜が更けて真っ暗になるまででも、息子が納得すまで、このまま抱っこをして待っていようと思っていました。

 

とことん息子と向き合う事に意味があると思ったのです。

 

癇癪を問題点ととらえる事も、この一連の行動を問題点ととらえる事も、

環境を整えたり、改善策を考える事も大切ですが、

 

私は、この1連の流れ、この1時間を、一緒にいる。息子がどんなに暴れた時も母親がとなりにいる、母が耐え切れなくて怒鳴ってしまったり、息子に言ってはいけない事を言ってしまう事もあるけれど、それも含めて息子と母親が全力で向き合うこの1時間自体に意味があるのではないかと、そう思うのです。

 

こないだも言いましたが、この瞬間は大変だけど、

明日になったら、過去になります。

10年後、もっと過去になった時に、

あの時保育園の前で抱っこして夜まで立ってたよねー!

とか、笑い話になるかもしれません。私の勝手な理想ですが、息子が大人になった時に、どんな時も母が付き合ってくれたなぁなんて、ほんの少しでもこの場面が母との思い出になってくれたらいいなと思います。

 

もちろん仕事帰りだし、ヘトヘトのくたくただけどね(笑)

息子を抱っこしている横で、サラーーと帰っていく何人もの親子をうらやましいと思ったりもするけどね(笑)

 

結局、20分くらいかな。抱っこしていたら、空がきれいね。とか、今日のごはんなに。とか、徐々に気持ちがほぐれてきて、今だ!と思って、ポケットに忍ばせていた飴玉を取り出し、自電車に座って、飴玉なめようか。それで、落ち着いたら帰ろう。と声掛けをして、息子も、うん。と言いてくれて、無事自転車に乗せる事ができました。

 

そして、5秒後、ママーーうわぁーん。え?なんで?と振り返ると、飴玉が口からこぼれ落ちて、砂の上に・・・

 

チーン!

 

母は、さすがに無言で自転車を漕ぎ出し、家路に急ぐのでした。

 

そして、その後も、やっと夕飯と思ったら、具沢山のお味噌汁を椅子のカバーの上にこぼす。など色々やらかし、

 

やっと寝かしつけて、

0時近くに残業を終えたパパが帰宅し、

お互い疲れていて余裕がなさすぎて、

お互いを気遣えず、

喧嘩をしました。

 

もう、洗い物とか洗濯ものたたみとか、明日のお弁当に下ごしらえをして寝ようと、作業をはじめたら、息子が夜泣きで起き、寝かしつけてからまた、作業をして、気付いたら深夜2時。

 

なんだか、私も最後まで、しっかりとした自分は保てず、

最後はよく分からなくなって、

夫と別々の部屋で寝ました。

 

そんなこんなで、今日にいたります。

今日1日少し心と身体を休めて、相手に優しくなれるようになろ。

 

きっと夫も、少し気分が落ち着いたら、

優しくなれると思います。

 

 

最後まで読んで下さった方?います?笑。

いたら本当にありがとう!

 

おしまい。

 

 

 

 

手術の傷跡④ 〜高校生編〜

前回からの続きです。

 

今日は、前回の書き出しからの続きで、高校生の思い出を再度振り返ってみます。

でも、いつの時でも気にしてきたのは、制服や私服の選び方と、お風呂と、海やプール。かな。あと、恋愛か。

高校生編をさらっと書いたら、テーマ別に書いてみようかなと思います。

でも、このテーマはなぜかさらさら書けなくて、時間がかかってしまいます。

気長に書くので、気長にお付き合い下さい。

うまくまとめることよりも、思い出したことをそのまま書いていきますね。

 

 

夏の制服問題

 

私の高校の制服は、ブレザーにスカートは指定のもの。ワイシャツやベスト、カーディガン、靴下は自由です。男子は指定のネクタイがありましたが、女子はありませんでした。

 

だいたい女子は皆、ワイシャツの第2ボタンまで開けていたと思います。本当は、第2ボタンまで閉めた方が、傷は見えなくていいのですが、なんというか、当時の感覚でいうと、少し可愛くないのです笑。真面目か!みたいに思われるのも嫌で、皆んなと同じように着こなしたいし。そんなこんなで、私も第2ボタンまで開けていました。

 

冬は、カーディガンやベストを着てるので、ワイシャツの胸元がはだけすぎる事もなく、そんなに傷は気になりません。問題は上がワイシャツのみになる夏です。

ネクタイやリボンがあれば、胸元が隠れていたのですが、ワイシャツのみで第2ボタンまで外していると、まぁまぁ、傷跡は露出します。胸元を全開に開くと、第3ボタンの直上まで広がりますからね。

 

入学して最初の夏が一番気にしていたかな。でも、気にしつつも、それなりに毎日楽しく学校生活を送っていました。その時私がしていた対策を参考までに書いてみます。

 

対策① おススメ度 ★

第2ボタンと第3ボタンの間下半分くらいの片面に両面テープをくっつけて、ワイシャツの左右を重ねてギューーっとくっつけます。そうして、第2ボタンの少し下くらいまでしかはだけない様にするのです。

ただ、1日は持ちません。生地同士はなかなか粘着しなくて、半日くらいで剥がれます笑。でも、もしほかの物でうまくこの場所をくっつけられたら、ちょうどよい具合の胸元の開き具合になると思います!

最初の頃は、こんな小細工をしていましたが、どんどん面倒くさくなりました。おそらく、最初はどんな労力もいとわないくらい、傷跡を気にしていたので、面倒くさいなんて感じなかったけど、だんだん傷跡をそんなに気にすることでもないと思えるようになってきて、この手間を面倒くさい。と感じれるようになったのだと思います。

 

 

対策② おススメ度★★

校則違反だけど、ネクタイやリボンを着用する。

ネクタイやリボンをすれば、可愛いし、胸元もいい感じに隠れます。

でも、これは、学校によりますね。私の学校はそんなにうるさくなかったので、見逃してくれる先生の方が多かったです。注意する先生の授業の時だけ外すとか、あとは、放課後だけつけるとか。私の高校3年の時の担任は、体育教師で、ある程度は注意するタイプでしたが、着けるなら学校が終わった放課後にしろ。と言ってくれてました。なので、夏の放課後や土曜日のラグビー部の練習や遠征の時は、よくつけてたかな。

 

余談。

私の高校は、卒業式の日に憧れの先輩からネクタイを貰う。という風習がありました。第2ボタン貰う的なアレです。私も高1の3月に、ラグビー部の先輩から貰ったネクタイを、高3まで使わせてもらいました。私がネクタイを貰った先輩は、無口で決して目立つタイプの人では無かったのですが、ある日、練習中に校庭のスプリンクラーの1つの蓋?みたいなのが壊れ、地面から上空に向かって、大量の水が水柱となって噴射された事件がありました。その時に、皆楽しそうにお祭り騒ぎで大騒ぎしている中、校庭の隅で1人黙々と練習をしていた姿が目に焼き付いていて、ネクタイを貰うなら〇〇先輩。と決めていました。卒業式の日、俺のでいいの?とすごくびっくりされたのを覚えています。先輩のが良かったんです。ありがとう! I先輩。

 

対策③ おススメ度 ★★★

お気に入りのネックレスをする。

ごめんなさい、これも校則違反です。制服とのバランスを考えると、あまり大きなヘッドのネックレスは選べないかもしれませんが、とびきりお気に入りのネックレスが、胸元にある。というだけで、気持ちが大分違います。物理的に傷痕が少し隠れるし、隠しきれなくてもそこにネックレスがあるだけで、周りの人の意識は少し傷跡から離れるし、仮に誰かの視線が傷跡の方にいったとしても、

(本人目線から見ると、目の前の人の目線が傷跡にいくのは、例え0.5秒でも9割分かります。)

あっ、私のこの可愛いネックレスを見たのね。と思えるし。そういう事にしてあげれるし。ネックレスは制服でも私服でも最高のお助けアイテムです。

 

対策④ おススメ度 ★★★★

友達との仲を深める。自分が堂々とした気分でいる。傷跡を出しなれる。皆んなにも見慣れてもらう。

すごく難しい事を書きました。傷跡って、たまに出すと自分もすごく気になってソワソワするし、毎日ある程度出てれば自分も出すことに慣れてきたりします。

周りの人も初めは何だろう?とか、自然に無意識に見てしまったりします。でも、毎日会っていれば、私の傷痕を見慣れるというか、そういうものとして認識してくれるというか、友達も見慣れてくれます。それでも、時々チラッと見たりする子は結構います。どんなに仲が良くても親友でも。でも、お互いよく知る中であれば、その行為に大した意味はない事が分かるし、悪意はないし、無意識の動作だろうし、傷があろうとなかろうと私と友達との仲は変わらないと思えるし、そうすると、自然と、少しくらいなら見られてもいいかなと思えてくる気がします。

このあたりは、本当にデリケートな所で、本人のとらえ方次第なので、難しいですが。

 

もちろん、無理する必要は全然なくて、とても気になってしまうくらいなら、最初から傷が見えないような服装をして安心に過ごすのもとても良い考えだと思います。

最近の私はそうでした。

 

人それぞれですし、私の中でも、その時期の自分のコンディションで、すごく前向きにオープンでいる時と、すごく気にしてしまう時期とが、あります。だから、今の自分の気持ちに素直に従えば良いのかなと思います。

 

(ちなみに・・・、今年の夏は少し勇気をだして、また学生のころのように色々着たい服を着てみようと思います。今少しずつ自分が慣れる様にリハビリ中。)

 

ラグビー部の合宿の思い出

 

マネージャーは、夜ご飯が終わって、選手の洗濯物をしながら、合間合間に学年ごとにお風呂に入ります。民宿だったので、お風呂はこじんまりしていて、3人ずつくらい入れる広さです。各学年3人ずつマネージャーがいるのですが、私の学年だけは私1人でした。ラッキー。

でも、高2の合宿では、先輩が一緒に入ろうと気を使って声をかけてくれ。高3の合宿では、後輩が声をかけてくれました。私は先輩とも後輩とも、同じ学年の友達と同じくらい仲良しで、先輩とはむしろ親友で笑。それくらいの仲でしたが、病気の事や声の事は、ほとんど話していなかったので、1人でゆっくり入るよー!ありがとっ。とお断りしていました。

 

それにね、また話が脱線しますが、

先輩達3人は、DとEとF。なんの事だかは分かりますよね。すごくないですか。高校生ですよ笑。傷がなくても、一緒に入りたくないわ笑!と思っていました。部屋には洗濯した下着も干していて、〇〇〇は干さないの?とワザと聞いてくる笑。どこに並べて干せばいいんですか!! なんて。懐かしい思い出。

 

という感じで、

傷跡を気にしながら毎日生活していましたが、

それ以上におかしく楽しい思い出がたくさんあった高校時代で、真剣に悩んでいても、この頃って、こんな面白いエピソードはどんどん起こって、

だいたいの悩みは、その時になれば案外なんともなく、過ぎ去っていった。

なんとかなるものでした。

 

あと、もう1つ。

私の学年にもう1人先天性心疾患で幼いころに手術をした女の子がいました。彼女は、小さい頃の手術のみで、自分でも全然覚えていない。と言っていました。日常生活では、ほとんど傷跡は気にならなかったみたい。かなり薄く綺麗だったと思います。でも、水着は少し選ぶのが大変と言っていたし、多かれ少なかれ悩むことはあったと思います。なにが言いたいかというと、色々対策書きましたが、はなからそんなに気にならない場合もあるというのをお伝えしたくて。親御さん、その時になるまで、心配しすぎないでくださいね!

 

高校の頃の思い出はこんな感じかな。 

あっ、あともう一つありました。

修学旅行 in 沖縄。水着問題ですね。

 

長くなったので、次回書いていきます。

では、読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ日記 昨日の面白かった出来事

こんばんは。

只今、6月14日(金)23:00。

色々あって、先ほど息子と帰宅しました。

 

今日はバタンキューとなるくらい疲れているので、

10分で書けるだけの日記を書いて、ねます。

乱文、お許しくださいませ(笑)

 

じゃあ、タイマーセット。

スタート。

 

昨日から、PMSもあり、血圧もいつもより低く、お疲れ気味。

そんな日に限って、朝の通勤電車で座れない。

私の目の前の人だけしぶとく降りなくて、結局50分くらい立ってたかな。

歩いていたり、足を動かしていればいいんだけど、

ただただ、直立姿勢で立っているのって、足にいった血液が心臓にもどり難いから、

余計血圧下がっちゃう。地球には重力があるからね。下から上には行きづらい。それで、ちょっと気持ち悪くなってしまった。

 

そんなこんなで職場に到着。

仕事中は目の前の人に集中しているから、疲れなんて忘れちゃうから無問題。

 

そして今日は金曜日!

今日が終われば2連休。

仕事を終えて、帰りの電車にのりました。

 

電車の中で、ピカチュウイーブイの超かわいい画像を発見し、

胸キュン。令和初の胸キュン。ちょっと元気になりました。

今週も1週間お疲れ様でした。今夜はゆったり過ごそう。

駅に到着。お迎えのタイムリミットまであと15分。

自転車置き場につくと、あれっ!!!

鍵がない!!自転車のカギも、家のカギも!!

 

やばい・・・。職場のロッカーだ・・・・

ちーーーーん。

 

今旦那は、飲み会の予定があって遅いっていってたし、

これは、息子をつれて、職場へリターンしかないな。

 

往復2時間。泣

 

ピピピピピ。

 

あっ、10分たちました。

タイムオーバー(笑)。

 

この後書こうと思ってた事は、

職場に戻る電車が、一部区間満員で18㌔オーバーの息子を20分抱っこして立っていた事、途中で、白線しか歩かないルールや、四角いところを全部踏むルールやその他色々なゲームが始まり、目的地まではなかなかたどりつかなかった事。

(でも、息子の動きが少し面白かった笑)

 

職場についたら、1人だけ先輩が残っていた事。

その先輩はいつも私をいじるから、カギを忘れた事、子連れでわざわざ戻って来たことに大爆笑してくれた事。きっと来週の月曜日は、また○○さんがねー、と1.5倍くらいに話をもって、皆に話すんだろうなぁ。

 

その後、職場の近くにあるかっぱ寿司にいったら、劇混みで1時間待ちだったこと。気分はお寿司になっていた息子は、1時間待つと言い張り、そのくせ、待ってる間中じっと出来なくて運動会のごとく暴れちゃうから、元気でいいわねかわいいわね、ていう目線や、うるさいなぁ黙らせろよって目線を感じつつ、ママは頑張りました。っていう話。お寿司をすっかり食べ散らかしてしまう息子の話。

 

帰りに、駐車場で逃げまくり、まじで危なくて、もういいかげんにしてよと言った私。でも、よく考えたら、カギを忘れたママに付き合わされてこんな夜更けまで連れまわしてごめん、って話。

 

帰りの電車は、もう眠たい息子。しばらく抱っこしていたら、席を譲ってくれた人がいた話。

 

そんなこんなで、家に着いたのは23:00近く。

今なら、倒れられる笑。

長い1日が終わりました。

 

なにが言いたいかというと、

 

こんなに大変だった今日は、

明日には絶対過去になって、

過去になれば、

笑い話にすることも、ネタにすることも、

教訓にすることも、武勇伝にすることも、

悲劇のエピソードにすることも、

自分次第でどうとでも出来る。 

 

どんなに大変でも、明日には絶対過去になるから、

今大変な皆さん、一緒にがんばりましょう。

 

過去にならない今はないから。

何かを乗り越えても、生きてる限り悩みや壁はどんどん出てくるから、

未来を不安になるよりも、

今を精いっぱい生きて、

過去にしていくほうが楽かもしれないね。

 

なんて話。

だから、題名は"昨日の面白かった出来事"。

でした♡

 

おしまい。

 

ロスタイム、⑮分でした。

おやすみなさい。

 

 

 

手術の傷跡③~高校生編 書き出し~

前回からのつづきです。

 

高校生時代を振り返ってみます・・・。 

 

以前、前振りとして、中高は思春期だし、傷に悩んだ時期でもありました。

と書きました。

 

 制服のワイシャツからのぞく傷を気にして、ワイシャツのどこまでボタンを留めるか、私服も出来るだけ傷が見えない服を探して買っていた。とか、そんなエピソードを思い浮かべながら、高校生編を書き始めました。

 

が、何故か、サラサラと文章が出てこない。

 

なんでだろう。と思って、

クローゼットから、当時の写真やアルバムを引っ張り出して眺めてみました。

 

そしたら、びっくり。

制服のワイシャツも第2ボタンまで堂々と開けているし、私服で行った遠足や修学旅行の写真でも、鎖骨より下まで開いている服も着てる。

 

それも、どの写真も笑っていてすごく楽しそう!

 

手術の傷跡は、ずっと気にしてきたし、

今でもどちらかというと気にしてるし、

買いたい服も、試着して傷が出過ぎてると思ったら、諦めて戻したり、

肌のキレイな女の人を見て羨ましいなぁと思ったり、

そんな感じで来たので、

 

昔の事を思い出そうとした時、

ついつい、ネガティブな思い出ばかりを探して思い出していたのかもしれません。

 

当時の私、意外と気にしていなかったかもしれない事が判明しました笑。

いや、気にしていたとは思います。

それでも着たいと思う服を着たい。着ちゃおう!

という、一種の開き直りかもしれません。

着る前までは、何度も鏡で見たり、これだと周りの人見るかな。とか、

周りも困るかな。とか、色々葛藤はしていたと思います。

 

でも、えいゃ、と着てみたら意外と大丈夫で、

きっと友達と楽しい時間を過ごしているうちに、そんな事自分でも忘れてその時を楽しんでいて、満面の笑顔で写真に写っていたのかなと思います。

 

写真の裏では、1人の時に悩んだ日々や時間は、もちろんありましたが、

写真を撮ったその瞬間は、友達と楽しく過ごせていたのだと思います。

 

中学の頃は、

術後すぐで体力もない、

胸の傷は、赤みがかっていてまだまだ痛々しい。

バストバンドもある、

声も出ない、

偏見の目もある。

 

高校になると、

日常生活を送る体力は取り戻し、

胸の傷は、赤みも消えて周りの肌色に近くなり、傷から傷跡に。

声も出しにくかったけど、教室でみんなと話せるくらいまでは出せるようになり、

 

そして、大きかったのは、

周りの友達も中学生時代と比べると、精神的に成熟してきていて、

容姿で差別したり、好奇心の目を向ける人も少ないし、

変に可愛そうって哀れむのも良い対応じゃないと分かってくれたり、

そういう気遣いをしてくれる人が多くなったという事。

 

環境に恵まれて、中学の頃より自分らしくいられたのかもしれません。

 

また、高校時代は色々あって、住む場所が3回変わり、家が安心できる場所ではなくなっていた為、学校の方がくつろいで過ごしていたように思います。

 

高校は私の居場所みたいな感じで、よくよく思い出すと、高校時代が一番気楽で楽しかったし、沢山の良い思い出がありました。

 

そして、この頃は、自分をとりまく病気とか環境とかに負けないぞって、それでも私は楽しく生きて、やりたい事や夢をかなえるぞって、強く立っていた時期で、

 

他人に甘える事を覚える前は、強かった。

(強くて危うかったんだけど、、)

 

今思い返してみると、あの頃の私は、

誰かに頼ったり、褒められたりすることを求めないで、カッコよく立っていたな。

と思います。カッコつけていたのかもしれません。

 

(でも、初めて人に頼ることを覚えた時、今まで抱えていた荷物をすっとおろして、頑張るのを止めれて、本当に幸せな気持ちに包まれたのも覚えています。)

 

もうあんなに強くは生きれないな笑。

あの頃の自分も、尊敬するけど、

誰かに頼りながら支えなられながら生きている今の方が、

なんというか、柔らかく生きれていますよ。

 

と、手術の傷跡の話からずれてしまいました。

これを前置きとさせてもらって、その上で思い出した事を、次回書いていこうと思います。よろしかったら、読んで下さいね♡

 

 

つづく。